東海道新幹線「のぞみ」の営業運転開始から、今月で30年を迎えた。日本の大動脈となった進化の「軌道」を追う。
東京都渋谷区の会社員、大森美奈さん(31)は、毎月1~4回、東京―名古屋間を東海道新幹線「のぞみ」で往復する。仕事が立て込んでいる時は、「Sワーク車両」の座席から、ウェブ会議に参加することもある。
Sワーク車両は、JR東海が昨年10月に導入した、のぞみ専用の「動くオフィス」車両だ。最新車両の「N700S」では、従来よりも2倍近い通信容量のWi―Fiが提供され、パソコン用についたてや小型マウスも借りられる。大森さんは、「ネット環境や電源も使いやすい。『ビジネス向け』なので、気兼ねなく仕事ができる」と語る。
これまでに延べ91万人超が利用。喫煙ルームを廃止・改造した「ビジネスブース」も、4月以降から一部編成で試験運用を始める。
JR東海の金子慎社長は「乗車の前後でシームレス(継ぎ目なく)にコミュニケーションが取れたり、乗車中にアミューズメントを提供するなど技術的に工夫したい」と、サービス向上に意欲を見せる。
2020年7月に投入されたN700Sは、13年ぶりにフルモデルチェンジした東海道新幹線の車両で、現在、25編成が走行している。「東海道区間285キロ、山陽区間300キロ」という最高速度は先代の「N700A」と変わらない。だが、様々な新技術が搭載され、先頭車両には青いラインで「Supreme(最高の)」の「S」があしらわれている。
内装は間接照明や大型液晶画面を導入し、落ち着きのある車室とした。全座席にコンセントを配備し、スマホやパソコンを充電できる。背もたれと座面を連動させるリクライニングにもこだわり、試作を重ねた。先頭車やグリーン車などに搭載した制振制御システムは、「トンネルで対向車とすれ違っても分からない」ほどの静粛性を目指したという。
安全性やメンテナンス性も大きく改善された。防犯カメラの増設や、停電時に自力走行するためのバッテリー搭載、走行中の異常の有無をリアルタイムで監視するシステムも導入した。
これまで、絶えずスピードを追求してきた新幹線。しかし、N700Sの開発を担当したJR東海の福島隆文・車両課長は、「これ以上車両の最高速度を上げてもあまり効果がない」と語る。カーブが多い東海道区間では、最速285キロの現状が「最適解」に近いという。速さを飛躍的に引き上げるリニア時代の到来も見込まれるためだ。
N700Sは「走行性能は先代と同じだが『質』を高めた。車両開発の歴史では大きな転換点」と位置づけている。
のぞみが誕生したのは1992年3月。その歩みは、車両の進化が支えてきた。安全性と最高速度の向上を両立した車両を次々と投入し、現在、東京―新大阪間を最短2時間21分で結んでいる。
JR東海は87年の旧国鉄分割・民営化による発足直後から「速度向上プロジェクトチーム」を組織して次世代車両の構想を練った。
最高速度を従来の「100系」から50キロ引き上げる270キロとし、東京―新大阪間は約20分短縮して2時間半で走る――。新幹線のライバルとして浮上していた航空機との競争に勝つための目標が設定され、総力を挙げて開発が進められた。
これを実現したのが、初代のぞみとなった「300系」だ。これまで鋼製だった車体にアルミ合金を採用して200トン以上軽量化した。モーターはパワーを向上させながらも小型化するなど、当時の最新技術を惜しみなく投入した。シャープな曲線を描く前頭部から「鉄仮面」の愛称がついた。
99年には、JR東海とJR西日本で「700系」を共同開発した。トンネル進入時の騒音を防ぐため前頭部の長さを9・2メートルに伸ばし、「カモノハシ」と呼ばれた。
カーブでの減速を抑えた「N700系」は、2007年に登場。13年には「N700A」も投入された。15年3月から東海道区間の最高速度を285キロに引き上げたほか、加速度も大きく改良された。
最新の「N700S」は、省エネ化を大幅に進めた。
エネルギー効率が高いシリコンカーバイド(SiC)半導体を使い、電力変換装置が半分以下に小型化した。半導体の冷却に走行風を使う工夫も生きた。福島課長らが10年がかりで開発した技術だ。
福島課長は「技術ひとつひとつにドラマがある」と振り返り、「技術の実用化には執念が必要。車両は技術者たちの強い意志の集合体みたいなものだ」と語る。
(佐野寛貴)
からの記事と詳細 ( 軌道 のぞみ30年<1> N700S車両開発の転換点 - 読売新聞オンライン )
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