日本と台湾の経済協力の「象徴」とされてきた「台湾新幹線」をめぐり、日台間に隙間風が吹いている。2007年に開業した台湾高速鉄道を運営する台湾高速鉄路(台湾高鉄)は、車両の増強・更新時期を迎えているが、台湾高鉄は今年1月、日本側の提示価格を「高額」として、交渉打ち切りを発表した。16日の日米首脳会談では、中国が圧力を強める台湾問題も協議された。新幹線問題がこじれれば、経済安全保障の動きにも逆行しかねない。
「日本の新幹線車両を導入することが台湾のためになる。台湾に貢献したい」
日本政府の関係者は台湾新幹線をめぐり行き詰まった現状の打破へ焦りを募らせる。
台湾の高速鉄道は現在、日本の新幹線技術を海外で初めて採用し、川崎重工などが製造した「700T」型の車両を1編成12両で34編成、運行している。
受注費の構造に違い
台湾高鉄は、日立製作所と東芝の「日本連合」と、JR東海の新型車両「N700S」の購入交渉を行ってきたが、今年1月に破談となった。台湾側が、台湾での提示価格が1編成約50億台湾元(約185億円)だったのに対し、日本での取引額は1編成約45億円で乖離が大きすぎると主張し、反発したためだ。
「高額」となった背景について、日本側の関係者は日本と台湾の受注をめぐるコスト構造の違いのほかに、台湾メディアで報じられている「提示価格」が実際の交渉価格とは異なる点を指摘する。
日本では、N700Sを製造した日立製作所とJR東海の子会社の日本車輌製造が発注元のJR東海に製造や完成車両の輸送に伴う費用などを請求する。
一方、台湾高鉄の入札に参加した日立製作所と東芝の「日本連合」が提示した金額は、これら製造費用のほか、安全性や車両性能の確認のための走行試験や乗務員らに対する教育訓練にかかる費用なども上乗せした金額を請求することになる。日本に比べ、一度の発注編成が少ないため、初期費用も高額となる。関係者は「備品の調達費などの相場からみても、提示価格が不当に高いということは一切ない」と話す。
利用者は年々増加
新車両の導入は、経済成長を受けて増加傾向にある新幹線需要の取り込みを図るためにも不可欠となる。
台湾の交通部(国土交通省に相当)によると、高速鉄道の年間利用者数は4162万人だった11年から毎年増加し、19年には6741万人を突破。客席利用率は51.63%だった11年から毎年増加し、19年には68.03%となった。新型コロナ禍以前の20年1月の月間利用率は70.79%で、日本の新幹線でも混雑率が7割を超えるとピーク時間帯はほぼ満席状態といわれる。
台湾経済に詳しい野村総合研究所の田崎嘉邦氏は「利用者はまだまだ増えるだろう」と指摘する。コロナ禍の早期収束に加え、米国と中国のハイテク覇権争いが先鋭化するなか、中国から生産拠点を移す動きが活発化し、経済成長を後押ししているためだ。
野村総研によると、香港を含む中国から生産拠点を移転もしくは新設した企業のうち、台湾を移転・新設先に選んだのは、データ通信が76.9%、電子製品が56.0%、光学器材が85.7%だった。これらハイテク企業は、台中、台南、高雄をはじめとする中南部を中心に広がっており、高速鉄道が各地をつないでいる。半導体不足を受けて米欧が協力を求める台湾半導体大手の台湾積体電路製造(TSMC)も、台南に主力生産拠点を置く。
「欧州勢も選択肢に」
台湾側が、日本以外から車両を調達する選択肢を視野に入れるとしても、「安全保障上、中国の鉄道車両メーカーからの調達はまずないだろう。選択肢は欧州勢か日本勢ということになるのでは」(日台関係者)との見方がある。ただ欧州製車両は車体の重量や幅、高さなどが台湾の車両とは異なり、振動や騒音、ブレーキ性能、消費電力、信号システムに至るまで多岐にわたる技術面での違いがあるという。他方、欧州勢が落札して、中国や韓国系に発注がいく懸念もある。
日台は軍事力を伴う安全保障協力こそできないものの、互いに自然災害などに見舞われるたびに義援金を送るなど支え合ってきた。地震にも強い「新幹線」を通じた台湾との協力関係は、他にはない友好関係の意味合いも併せ持つ。日台双方には、設備投資への長期戦略や経済安全保障も視野に入れて関係企業に働きかけるなど、官民一体となった問題解決への取り組みが求められる。(岡田美月)
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